長時間労働に関する最近の裁判例

2020年08月01日

 本年4月から、時間外労働の上限規制が中小企業にも義務化されました。このことからも、今後ますます長時間労働についての話題は耳目を集めることになるでしょう。そこで今回は、長時間労働に関して特徴的な裁判を2事例紹介いたします。

1.アクサ生命保険事件
アクサ生命保険株式会社(以下、同社)で保険営業業務に従事していた労働者(以下、当該労働者)が、長期にわたる過重労働は違法と訴えた裁判で、東京地方裁判所(以下、同地裁)は、同社の安全配慮義務違反を認め、慰謝料10万円の支払いを命じました【令和2年6月10日 東京地裁判決】。
次に概要をご案内します。

長時間労働の状況
同地裁は、当該労働者が上司に平成29年3月頃には長時間労働の改善を求めていることなどから、遅くとも平成29年3月~5月までに課題として認識できたと指摘。
同社がそれ以降、長時間労働を放置したと判断したため、安全配慮義務違反が認められるとした。加えて所轄の労働基準監督署から、賃金不払い残業等に関する是正勧告を受けていた点も、安全配慮義務違反を根拠づける1つの事情としている。
労働者には具体的な疾患発症は認められなかった

判断
「結果的に具体的な疾患を発症するに至らなかったとしても、1年以上にわたって、1カ月当たり30時間~50時間以上に及ぶ心身の不調を来す可能性があるような時間外労働に従事させた」として、慰謝料10万円の支払いを命令した。

2.狩野ジャパン事件
食品加工業を営む株式会社狩野ジャパン(以下、同社)において、食品工場でミキサーに小麦粉を投入する業務に就いていた労働者が、長期間に渡る過重労働は不法行為に当たると訴えた裁判で、長崎地方裁判所(以下、同地裁)は、疾病が未発症でも不法行為に当たるとして、慰謝料30万円の支払いを命じました【令和元年9月26日 長崎地裁判決】。
次に概要をご案内します。

長時間労働の状況 
●退職前2年間の時間外労働は2カ月を除き、月100時間を超えていた
●最も多い月は160時間以上、100時間を超えない月も90時間以上の時間外労働があった
●長時間労働による具体的な疾病は発症していなかった
●36協定を適正に締結せずに時間外労働をさせていた
●固定残業の一部として職務手当が支給されていた

判断 
同地裁は、同社は労働状況について注意を払い、改善指導するなどの措置を講じていなかったため、安全配慮義務違反があったとした
結果的に疾患を発症しなかったとしても、心身に不調を来す危険のある労働を行わせたことは、人格的利益の侵害に当たると判断し、不法行為を構成するとして、慰謝料30万円を命じた。
固定残業代の有効性について、同地裁は何時間分の割増賃金が明確でないとして、付加金を含む未払い賃金計446万円の支払いを命じた。

3.最後に
長時間労働に起因する脳・心臓疾患などが現実に発症しなくとも、疾病の原因となりうる長時間労働に対する使用者側の安全配慮義務違反が認められたケースとして、上記2つの裁判例は先例的な意義があると言えます。
また、時間外労働が過労死ライン(残業時間が月100時間または複数月平均80時間を超える場合)を超えている狩野ジャパン事件と比べて、アクサ生命保険事件では、月30~50時間程度の残業が恒常的に行われていたことについて安全配慮義務違反が認められるなど、長時間労働に対して厳格な判断が行われています。
これからは、過労死ラインを超えるのは論外として、時間外労働の上限規制に抵触しないようにするという観点のみならず、いかに残業時間を削減していくかという点を積極的に考えて実行していくことが、係争の未然防止として重要となるでしょう。

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