残業代を織り込んだ賃金支払いの注意点
2017年09月01日
7月7日、残業代込み定額年俸の有効性が争われた裁判で、最高裁は「残業代と基本給を区別できない場合は残業代が支払われたとは言えない」として無効と判断しました。今回は、高裁判決から一転した判決を紐解きながら、残業代を織り込んだ賃金支払いの注意点についてお伝えします。
●事件概要と示された判断
今回の事件は、医師が勤務先の病院に対し、解雇の無効と未払残業代等の支払いを求めた裁判です。病院は給与規程で「時間外手当の対象は、勤務日の午後9時から翌日の午前8時30分までの間および休日に発生する緊急業務に要した時間」とし、それ以外の時間外労働に対する割増賃金については、雇用契約にて年俸に含むものとして合意していました。このことについて、最高裁は以下のように考え方を示しました。
・労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに労働基準法に反するものではない
・割増賃金を支払ったか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金を基礎として、労働基準法に定められた方法により算定した額を下回らないか否かを検討することになる
・上記の検討の前提として、労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である
本件では医師と病院との間においては通常業務の延長とみなされる時間外労働等に対する割増賃金を年俸に含める旨の合意がされていたものの、このうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていませんでした。つまり、医師に支払われた賃金のうち時間外労働等に対する割増賃金として支払われた金額を確定できず、割増賃金に当たる部分を判別することはできません。そのことから、年俸の支払により時間外労働および深夜労働に対する割増賃金が支払われたということはできないとの判断が示されました。
●最高裁判決の意義
残業代“込み”の給与支払いについては過去複数の判例で、“給与の中で基本給と残業代とを区別出来ること”との要件が示されてきました。しかし、今回の事件は医師の年俸が高額(1,700万円)であったこともあり、高裁判決では、「本件合意は上告人の医師としての業務の特質に照らして合理性があり、上告人が労務の提供について自らの裁量で律することができたことや上告人の給与額が相当高額であったこと等からも、労働者としての保護に欠けるおそれはない」と判断されていました。
これに対して最高裁は、前項記載の考え方を示すと共に、高裁判決について「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある」として高裁判決の割増賃金および付加金の請求に関する部分を否定しています。
今回の判決で示されたことは、残業代の支払いについて最高裁は非常に厳格で、例え高額の年俸が支払われていたとしても労働基準法のルールは免れられないということです。 残業代の支払いについては年俸の額や職種によって抜け道があるとは考えるべきではなく、
「給与の中で基本給と残業代とを区別出来る」
「割増賃金として支払われた金額が労働基準法に定められた方法により
算定した額を下回らない」
という要件を満たすことが求められます。
これまで見てきたように、残業代を基本給などに含める制度を採ったとしても、企業には従業員の残業時間を明確に把握して、実際の労働時間に対応して支払われているかを確認することが重要です。ですから、「労務管理や給与計算が簡単になりそうだ」「残業代の上振れをなくせるかも」といった考え方で、安易に固定的な残業代の支払を導入するべきではありません。
今回の最高裁判決は、全国紙や通信社のホームページなどでも広く報じられました。すでに固定的な残業代を導入している企業では、報道を通じてこの判決を知った従業員が自社の給与規程に疑問を持つようになるかもしれません。給与規程が正しく運用されているか、労働時間の的確に管理されているか、定期的に確認してみることをお勧めします。